小説. 隣のアノコ 1
- 白いティシャツに淡い色のジーンズ、少し流行りを取り入れたニューバランスのスニーカー。
大学生時代に流行ったボブカットを今だ引き摺り、不毛な夢だけを見続けてきた27年間。
フリーターとして駅前でコンタクトのチラシを配りながら暮らす生活。
これでよかったのだろうか、と煙草を吹かし、窓から外の蜃気楼のような都会を見つめていた。
「篠崎さんって普段何してる人なんすか?」
脳内が蜃気楼の中、いきなり現実に戻り声がする方を見る。
「あ、聞いたらまずい話でした?もしかして」
この間の悪そうな男を実咲は全く知らない。
「君は誰だっけ?新人君?」
「すみません、新人の倉田です。大学1年です。」
重めの前髪に、真っ白い糊のかかったシャツとスキニージーンズ、いかにも最近の大学生のような風貌のこの男は、くりくりとした目で実咲を見ていた。
「そうなんだ。タバコは吸う?灰皿この休憩室に一つしかないから。」
そう言い、灰皿に短くなったタバコを押し付ける。
そして灰皿を男の前に移動させた。
「煙草は吸わないので大丈夫です。ありがとうございます。」
普段この若者はきっと敬語を使う機会がないのだろう。ぎこちない敬語を使いながら彼は続けた。
「俺、普段居酒屋でアルバイトしてるんですけど、昼間は暇だから派遣のバイトしてみようかなって思って。でもこのバイト、結構キツイっすね。チラシなんで誰も貰ってくれないし。」
実咲はそうね、と短く交わし箱の中の煙草を取り出し火を付けた。
「話し戻っちゃいますけど篠崎さんは学生ですか?」
いくら童顔だからといって、こんな18そこらのガキと一緒にされるのは少し腹立だしい。しかしこんな平日昼間にビラを配るような仕事をしているのは学生だと考える彼の思考も分からなくはない。
「もう私27だから。夜は私も君と同じで居酒屋で働いてるよ。」
雑居ビルの窓から下を眺める。
お昼に急ぐサラリーマンとOLの姿が熱気沸くアスファルト一面に広がっていた。
白いブラウスと肩まで伸ばした茶色がかった髪を綺麗に巻き、ヒールを履いて颯爽とビルの中に消えていく彼女達の姿を見ると実咲は何処か胸が痛んだ。
「うちの姉貴と同い年なんですね。姉、このビルの丁度真横で働いてますよ」
隣のビルはそう、誰もが羨む大手繊維商社の自社ビルである事を実咲が知らない訳がない。
(②へ続く)